[ 講師補の茶道日誌 ] vol.5 頭ではわかっているのに、身体が動かない
今回の講師補稽古では、立礼と茶箱「雪」の二班に分かれて稽古を行ってもらいました。
立礼は、基本的な部分はいつもの薄茶点前と大きく変わらないはずなのに、いざ点前となると「あれ?できない」という場面がいくつも見られたようです。

和菓子「打ち水」蜂の家製
頭では分かっている。流れも理解している。
けれど、椅子に座り、棚の高さが変わり、いつもと違う道具の配置になると、身体が思うように動かない。
講師補の田島さん自身にも同じような経験があり、その失敗談を交えながら、
「理屈を理解することと、身体が覚えていることは別なのかもしれない」
ということを、皆で共有する時間にしてくださいました。
下野草、黄花コスモス、メドーセージ
実際に点前をした生徒さんも、前の方のお点前をよく観察し、頭の中では流れをイメージできていたのに、いざ自分の番になると、「理解していたつもりでも、身体はその通りには動かない」
ということを実感されたそうです。
茶道では、見て分かることと、実際にできることの間に少し距離があります。
その距離を埋めていくのが、やはり稽古なのだと思います。
一方、講師補の古川さんが担当したのは茶箱「雪」。
仕覆の扱いや、指先の細かな動きなど、茶箱ならではの複雑な所作があります。
自分では分かっている動きを、人に分かるように伝える。
これが思った以上に難しかった、と古川さんは振り返っています。
どの言葉なら伝わるのか。どこを見てもらえば分かりやすいのか。どんな順番で説明すれば、「そういうことか」と腑に落ちるのか。
教える側に立つと、自分が無意識にやっていた動きを、もう一度分解する必要があります。
今回印象的だったのは、ある生徒さんがご自身で作られた大切な茶箱を持参されたことだと、古川さんは語ってくれました。
そして別の方がお点前をするときに、「気分が上がるでしょ?」と、その茶箱を自然に貸してくださったそうです。
道具を大切にすることと、仲間と楽しみを分け合うこと。
その両方が感じられる場面だったそう。
稽古で身につけたことを実践してくださって、私も嬉しく思ったエピソードでした。
茶道の稽古は、自分がお点前をしている時間だけが稽古なのではありません。
人を見ること。
真似してみること。失敗してみること。頭で理解したことを、身体でもう一度確かめること。
そして講師補にとっては、自分ができることを、人に伝わる言葉へ変換すること。
それぞれ違う立場で、同じ場から学んでいた一日だったように思います。

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