[デザインする茶道] 「TEA Experience Tour」茶道体験 13歳に伝えたこと
- TEA HOUSE SETAGAYA 茶道教室
- 2021年1月27日
- 読了時間: 3分
更新日:2022年7月29日
「TEA Experience Tour」お茶の世界を巡る全3回の体験会にご参加下さっている中学生の男の子の最終回でした。生活習慣や身体の個性などで、正座ができなかったり他の部位が動かしにくい方はたくさんおられます。
今回は正座ではなく、机と椅子を使った立礼(りゅうれい)という形で最終回のお茶会を行いました。その代わりお道具を清める帛紗という布の扱いを練習し、実際にお茶を点てるまでの流れの中で実践していただきました。

13歳の男の子と倍以上歳の離れた私では、経験も感じてきたことも環境も何もかもが異なります。その2人が心を通わせるためには何をとっかかりにすればいいのか。共通点のうちの1つである「時間」に今回は注目して、体験の前にお話をしました。時間は誰にでも共通して感じることができます。ですが過ごし方によっては平等にはならないもの。
米は麹と反応させることにより酒になります。そこには絶対的に「時間」を避けてはできあがりません。時間がなければ存在しないものがあるのです。逆に、時間だけあっても麹がなければ米は米のままです。平等にある時間を、どんな成長要素(麹菌のような)を自分が自分にふりかけてあげるかで、時間が様々なものに変化してくのだと思います。
ですから今の時点で彼に伝えられることは、大人が全て同じ時間を過ごしてきた訳でななく、それぞれがどのような菌で人生を醸してきたかが異なるのですよという事です。それによって、質問する相手が変わってくるという事。「どうして歴史を勉強しなければならないの?」と、ある大人に問うたところで、その種の要素を持ち合わせていない場合は、その方は答えられないのです。他の質問であればその方は答えられたかもしれない。
人、または書籍、他のメディアでもなんでもそうですが、答えてほしい解を持っていそうな相手を見極める事。この人はどういう時間を過ごしてきたのかを想像できることも自分のスキルです。「ほら、答えられないじゃん」と威張るのは間違っていて、それは聞いた相手を間違えた自分が悪いのです。
これから先、様々な思いや道について考える年頃、「みんなわからないからそれでいいじゃないか」で終わるのだけは勿体ない。解を持っている人を探せ、もしくは自分が解に近くなれ、だと思うのです。

”お世話になりました”と渡してくださった花束が美しい
時間をかけて一杯のお茶を淹れるということはただ時間をやり過ごすのではなく、その中に何が含まれているのかを想像する事で、その時間を深く味わうことができます。お客様の前で道具を清め丁寧にお茶を点てたこの時間が、何かを考えるきっかけになっていれば嬉しい。
デザインは平面もしくは立体で可視化されるものですが、時間の過ごし方やそれに対する考え方も自分なりに組み立ててていくこともデザイン観の一部だと考えて、お稽古でもこのような事を伝えていく。茶道の稽古の中で、生活や考え方や触覚が研ぎ澄まされていくのは、デザイン観を考えていくことと似ていると思うのです。
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