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[ 茶会 ]五島美術館にて師匠の卒寿記念茶会が行われました。

  • 執筆者の写真: TEA HOUSE SETAGAYA 茶道教室
    TEA HOUSE SETAGAYA 茶道教室
  • 12月3日
  • 読了時間: 4分

今回は2日間にわたって。お客様にゆったりとしていただきたいという思いから、先生のご息女ご夫婦でもあり、私の兄姉弟子でもある吉森先生のご意向でもありました。


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五島美術館には多くの思い出があり、先生の師匠もここで度々茶会をなされました。先生は、五島慶太氏の水差し「破袋」で点前なさったとか。現在は五島美術館で収蔵されており、ガラスの向こう側でしか拝見できない私からすると、まるで夢のようです。そして、私と先生が偶然出会ったのもこの五島の庭でした。


小春日和の美しい日。生徒も大勢参加してくれました。初日のメンバーと一緒に。


茶会当日、前から気にしていた曇空はどこへやら、よい茶日和となりました。


先生の休憩の合間に、生徒が抹茶を点てくれていたようで、心温まりました。


寄付きでは、本日のために誂われた「立青台」が。先生がお座りになって急須で香煎をお汲みくださいました。


九十をお迎えになる先生、体調が芳しくない日も増え「茶会、無事開けるかしら…」と周囲が案じる瞬間も何度かありました。あたたかく日が差しこむ中、笑顔でお座りになっている先生のお姿を拝見し、思わず目頭が熱くなることもしばしば。


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本席では立派な掛軸が迎えてくれました。先生のお父様はロマンチスト。先生が嫁入りの際詠まれた「祝歌」が、輿入れの際に着けていた丸帯に囲まれて幸せそう。



祝言の思い出のお席に相応しく、近松蒔絵の炉縁に、東福門院好みの青漆爪紅台子がよく似合います。


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この度の濃茶席では、私もお点前を務めました。先生の思いがつまった空間で湯を汲み、茶を練る時間が、本当にかけがえのないものだと感じながら、一所作一所作を大切にさせていただきました。


気づけばお客様の中に生徒が沢山。それを汲んでか、吉森先生が床の間の枇杷のエピソードを語ってくださり、点前をしながらまた涙しそうに。枇杷は、私が8年前に茶名拝受のお披露目茶会の際に選んだ花なのです。私の生徒を枇杷の実に例え、「あの時の花が今、たわわに実りましたね。」と言ってくださったお気持ちが嬉しい。


特別な枇杷の花。柄杓も東福門院好み。柄の朱が美しい。


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富士見亭では薄茶がふるまわれました。兄姉弟子の生徒さんたちが担当でしたが、私の一番弟子を一人助っ人として送り込みました。良き仲間に恵まれ、懸命に務めてくれている姿を見ることができ、今回の茶会の嬉しい想い出が一つ増えました。



薄茶席では、この度先生が少女の頃の思い出をしたたまれた本の一部が朗読されました。先生の少女次代は大東亜戦争が始まり、日常が日常でなくなっていく時代。


そんな中でも生き抜いて、そしてお茶を続けられ、多くの茶人を育てられた先生を、心から尊敬しています。



私の一番弟子が代表して先生へ御祝を。社中で一丸となってくれ、先生にも敬意をもってくださって嬉しいです。点心や受付、案内なども務めてくれました。そして濃茶の水屋という大事なお役目も頑張りました。感謝です。


「お茶は楽しくなくっちゃ」と言ってくださる先生のもとだからこそ、私もここまで続けてこられました。いつの時か、そのことをお伝えした時に「あら、私よりも立派な先生はたくさんおられますよ」と仰っていました。


もちろん立派な先生や高名な方はたくさんおられるでしょうし(先生がご立派でないという意味では決してありません)、お道具も上を見たらキリがない世界なのだと思います。


ですが、宗靖先生が鈴木宗保先生から受け継がれた美しい点前を、私もつなげていけるよう精進することが、私にとっては大切なこと。そのためにも続けること。そして、そのためにも「楽しく」は欠かせません。


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2日目参加のメンバーと一緒に。いい笑顔です。お疲れ様でした。


今回、大勢参加してくれた私の生徒達も良い経験、思い出になっていると良いです。まだ生徒歴が浅い方たちは「すごかった、楽しかった。感動した」と楽しさに満ちた時間だったことでしょう。ですがいつか、宗靖先生から脈々と流れているものに対して、敬愛を感じていただけるよう、私もつないでいきたいと思います。


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最後に、この二日間、黙々とお仕事をやり遂げられた姉弟子たちと先生がご一緒の姿を写真に収めることができ、本当に良かった。

© TEA HOUSE SETAGAYA茶道

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